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Fri, 18 Apr 2008 10:00
アーケード街が放棄したのは自由であった。商人にとって命であるべき個性的に営む自由であった。駅前商店街、地方の中心繁華街、メインストリートの多くにアーケードという近代日本人の悪しき相互依存の体質を象徴する建造物がある。私は若い頃からアーケードを非難し、否定し、攻撃してきた。
アーケードほど日本的な代物はない。商店街が雨天の客のためというマズイいいわけでアーケードをかけるのは、もっぱら補助金病という自分の腹を痛めずに、ミンナで話し合って、街を良くしようという幻想にひたれる、アマエの生活習慣病にかかってしまっているからなのだ。
アーケードを選ぶということは、2階3階以上の顔を放棄し、道行く人を雨水から守れるかもしれないが、ミンナのものであるべき青空を暴力的に奪ってしまうのだ。自分の店の伝統、個性を放棄しファサードのデザインする自由、ビルの個性を放棄しすることだ。伝統ある町並み、スカイラインを放棄・・・続きを読む
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