完全版 THE TRUTH OF TSUKIJI??築地の真実アンコウ目線

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完全版
THE TRUTH OF TSUKIJI??築地の真実アンコウ目線

築地市場の豊洲移転の問題は当事者(だったはず)の何万分の一人として、なぜか商業絡み(名ばかりの千客万来施設?)の仕事(ほとんどボランティアのまま)から途中降板させられた一人としてどうしても言わねばならない人間のための真実を申し上げます。
東京ガス跡地の有毒物、液体個体を問わず膨大な埋蔵有毒物を処理、あるいは隔離する方法として、時間軸の中でやれる最大の効果的方策は有害物や液から市場のレベルを少なくとも2階分の距離を置いたところに建設。その2階分を完全に安全な地盤を作った上で、巨大駐車場として活用し、その建設費を築地市場内外の上に食品と日常生活品の世界最大級ホールセールマーケット(卸売市場)などを形成するという提案をしていた。
ところが前例のないものは認めない行政と建築家以外のクリェーターを評価しようとしない石原都知事(当時)によって何度説明しても理解に達しなかった私の構想は、便利に使われたかもしれないが、汚染土壌と市場の間に空間を作るだけで押し切られてしまった。このようなマニアワセは大変危険な方法だと申し上げてきた。
本来ならもっと本格的調査期間が必要な大規模開発の調査を異常なスピードで結審して、なぜか私たちが全く知らされないプロセスでゴーサインが出てしまったようである。
巨悪が動いて乱暴な決済は新国立競技場のいかがわしいザハハディド案の押し付けと失脚など同質の組織的無能化レベル。巨大プロジェクトマネジメントの構造的問題をあぶり出したと言える。
現在の築地市場はカオス的ではあるが、人が生きてはたらいている、感動的日常が生きていることこそ再生しなければならないはずだ。

生活の情熱的保存と再生。14289950_1359408564132440_6326123900706126472_o.jpg今の築地のままの改革デザイン、市場、外市場跡地を今以上に素晴らしい界隈にする多様なアイディアも提案していた。

漁師はこのすこぶる美味そうなカンパチを誰が食べてくれるか気になるところである。
そろそろ羅臼では鮭が遡上し始めている。
市場ではキンキの値踏みに余念がない。
港ではカモメが落ちこぼれた雑魚を狙っている
みんなまとめて市場なんだ。
流通の有機化についても、すしざんまいを営む木村清さんとも長い検討会を行ってきた。
今では私も離れた、木村さんも離れてしまった。

イオン以上に大きい販売店を知らない、いかに革命的な収益構造が生まれても、想定もできない人達には私のクリェイションなど耳も貸したくないのである。そしてしばらくおし黙ると、次には私たちはスポイルされ、手軽にできそうなアイディアを誰かの手によってつまみ食い、都合のいいところだけ使って、ごまかしてしまう。
東京都には幾度も同じ手口で私の創造を転用悪用されてきた。
今回のいい加減な悪用は確実にいい加減な人たちの心臓を掴みしはじめます。小池知事!土俵に登った限り最後まで戦ってください。
応援します。いつでも。
そして世界最長のすしバーで東京を素晴らしい街にできる仲間が集って!乾杯したいなぁ・・・
このままでは、大変な大損を出し続け、世界に誇る日本食への信頼を喪失してしまう。
石原、猪瀬、舛添は表に出て謝罪と改造の賠償をすべきであろう。皆さんも、誰が巨悪で誰が嘘つきで、誰が逃げてばかりいるかしっかり見届けるのですよ。

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ヤマネコ・ウィズダム−1

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不定期連載で私の視座、主張を野生のイリオモテヤマネコ目線で書かせてもらいます。

谷に超高層や多層の交通網が集中するのは、問題があると主張して渋谷のあらゆる仕事から締め出された私である。が!決してやっかみではなく、言いたくてたまらないことを言います。

QFRONTをプロデュースし、マスターリーサー(TSUTAYA渋谷)を誘致してきた。
90年代に、都市土木、都市工学、建築家、ファイナンスが名物渋谷スクランブル交差点を人工地盤の下に沈めようとしていた。
東急電鉄最後のオーナー五島昇さんは私に、話しておられた。
「谷間に超高層を立てることに違和感がある」
「東京直下型地震で渋谷は条件が悪すぎる、ハワイの谷間は建物を建てないようにしているだろう」
オワフ島で何度もカメハメハ・スクールの土地利用にかんして、谷を触らない設計思想に感銘を受けたと話されていた。
銀座線の線路破綻は渋谷の過剰な開発に原因があるのではないか。
ホームと電車の隙間に人が挟まれる問題も地盤の緩みが作り出す歪みではないのか?
乗り換えが困難で大迷惑を与えている再開発の構造矛盾は安藤忠雄の異常な夢だけのせいではない。新宿や品川とは異なった土地利用が必要なのに、五島昇さんの憂いを踏み倒していったブルトーザー型東大土木、東大建築の発想が多くの問題を引き起こす入り口にさしかかったように思う。

映画監督はライフスタイル提案者です。

映画監督役わりはライフスタイル提案者です。

 

制作、監督 浜野安宏

 

デジタル時代を待ちうけたように映画作家に転身しました。

生活提案への視座が明確なVision、原映像がクリアーにあり、そのスクリーンへの定着をファッションや都市に代わる、ひとつの表現手段と考えています。当然、フイルム時代の映画監督とは異なる役割りを発揮しなければなりません。

極めてトータルに全体を見渡し、超微多角的な配慮が行きわたっていることが必要な仕事です。

私は1060年代の終わりころからファッションという表現手段に自分なりの限界を感じて店舗、複合商業施設、ライフスタイル店舗、界隈計画、街づくり、リゾート計画などを行ってきましたが、大学を日大芸術学部映画学科演出コースに学びましたが、映画監督にはならず、生活に関わる、あらゆる探検、探求をおこなってきました。

最終表現手段として選んだのが映画であり、映画監督と主たる職業にしょうと考えました。

映画に関わったのは古く、

第一回は学生時代に主演した、南野梅雄監督の「太陽の叫び」

初回作は、卒業制作映画、制作、監督、主演「吠えるまでの長い間」

 

劇場映画第1作2014年にインデペンデント・シネマ「さかなかみ」日、英、仏、3ヶ国を語版制作。

壮大な北海道の自然を舞台に、絶滅危惧種の巨大魚イトウを釣る老人の物語。100分の環境映画。

第2作が今回の「カーラヌカン」。制作は吉本興業と私が理事長をしている財団法人ビーチ&フィールド保護協会を中心とする「カーランヌカン」制作委員会になります。

沖縄やんばる地域、八重山地域のかってない美しい自然を舞台にハンサムな40男の島の純真な少女との初めての!「愛の物語」です。

沖縄の自然と共にライフスタイル、芸術、工芸が感動的に描かれます。

1970年からニューライフスタイルを提唱、実顕してきた浜野安宏入魂のライフスタイル映像表現になります。

常にライフスタイルの提案、第一人者としての深みのある生活感覚を想像します。

生活用品、家、器、作業着、主な出演者から、漁民、通行人までファッション感覚、沖縄感覚を貫き通す。しかしわざとらしく観光的になりたくない。平常あるがままにこまやかなセンスを行き渡らせる。

私のトータルな狙い、期待は映画館をはなれ、あわゆる映像装置から離れた後の人々に幸せでマインドフルな日常生活へと誘うことです。

この映画が皆さんへの生活提案となり、コンシェルジュになることを願います。

私が「カーラヌカン」の原イメージをもったのは40年前に海洋博の周辺調査委員になった時、備瀬の集落にであった時からです。西表島の川や滝に出会った時からです。

私をバリ島に向かわせ、島の建物をヤシより低くする提案をし、世銀借款世界コンペで優勝し、今でもバリの生活はヤシの樹の下にあります。

ワイルドリバーの回復とサクラサーモンの自然産卵を広めよう

釣り仲間の皆様へ 
サクラサーモンへの私の思い上がった、
軽はずみな行動に関して。多くの迷惑をおかけしたことへの
反省とお詫びを申し上げます。
そして、みなさんの暖かな忠告、ご支援、ありがとうございます。
みなさん、本当にありがとうございます。
山川草木にもありがとうございます。

アメリカより8月27日帰国し、8月29日に道東の河川に遡りアメマスを釣りに参りましたが、アメマスが定位するのは見えていましたが、実際には、何匹ものサクラマスが釣れてしまいました。この日の魚はアメもサクラもほれぼれするほど美しく、何枚かの写真におさめました。
もちろん、即座にリリースいたしました。この機会に自分の考えを述べさせてもらいたいと考え、フェースブックにUPさせてもらいました。手で持っことも、抱くこともしていません。川も公開していません。
私の顔が嬉しそうだとおっしやいますが、せっかく釣れてきたのですから、美しいものは美しいと愛でてあげたいと思います。

私は法を犯す行為は一切しておりません。
友人達はサクラが釣れたのか?と辛い顔をして見せていましたが、せっかくかかったのだから愛でてあげればいいのにと思いました。
映画「さかなかみ」でもその点は漁協とも対話し、出演も願い、法的な専門家の意見も聞き完全を期してきました。
この日も2人の釣り友が同行し、多くの釣り人が川に入ってフライやルアーの釣りを行っていました。
私と同じように遡りアメマスの大物を狙っていたのだと思います。
時折サクラサーモン(本来鱒はなく、鮭に属する魚なので、私は勝手にサクラサーモンと呼んでいます)
しかしながら、この日は密漁者(サーモンエッグを主に採捕が禁止されている魚を捕獲し取得する者)もいたらしく、腹からエッグを抜き取った魚の遺体が何匹も流れてきました。
若いころ犯人を捕まえて抗議したこともありますが。思い切り顔面を蹴られて、私の顔にはその時受けた傷がモスクワの交通事故の傷ととともに残っています。

山のように考える
川のように考える
魚のように考える

今年、アメリカの家でグランドティトン山に30年間夏を過ごして見えてきたことを、「自然からの気づき」として書いておりました。
その中でも最大の思考をいたしましたのは、
「山のように考えるーThinking like a mountain」
ということです。
来年4月にこの本が発売されれば、もっと多くのことをわかっていただけると思います。
しかしながら、私はサクラサーモン、サツキマス、ビワマスの自然産卵にかかわる運動で迫害も受けてきました。
何も知らないで写真をとり、SNSにUPしたのではありません。

長良川河口堰反対運動とサツキマス(長良鱒とも呼ばれ、ビワマス、サクラマスと類似の系統)の保護。

私は当時、政府の財団法人公園緑地管理財団の評議委員として福岡の海の中道国営公園を建設する評議委員などもしていましたが、わたしの努力で海の中道の海洋生物科学館の設計に大先輩である、磯崎新さんをお迎えしました。
同時に私は長良川のサツキマス保護の観点から河口堰の反対運動もしていました。工事が本格化する前のもっとも危険な時期です。
(財)公園緑地管理財団は長良川河口堰で河川を止めるエクスキューズとして、木曽三川国営公園を計画していました。私は評議委員として、せめて「サツキマス記念水族館」とサツキマス遡上の見える「観察学習センター」を作るべきだとしつこく提案していました。
この件であまりに執拗な私の態度を危険と思ったのか評議委員の座から降ろされました。
日本でサルモニダエ族の魚に深入りするといつもこのような目にあってきました。
関連団体である、日本水資源公団の重責を担っておられたのが後に横浜市長としてやってこられた高秀秀信さんなのです。
細郷市長の元で横浜のみなとみらい都市デザイン委員会の定席メンバーだった私は、特にポートサイド地区の街区形成に深く関わっていました。
私と共に横浜デザイン都市宣言など数多くの計画を行っていた細郷市長が急死され、ダムや河口堰で私と対立していた高秀市長に変わったわけです。
私はダムや河口堰の恨みを街で晴らされました。本社まで横浜に移していましたから大変な辛酸をなめました。すべての公職から外されてしまい、職を求めて東京に戻らなければなりませんでした。

今回皆さんに指摘された私のでしゃばり、早とりちりと思われる行動は若い頃からの命がけで仕事もなくしてまで活動してきた血が沸き立ってしまったのです。日頃仲良く遊んでいただいている釣り仲間にまで迷惑をかけてしまったことは心底おわびします。

今後の行動 日本のフライフィッシング・フィールドの国際化

オレゴン州のベンドで行われたIFFF国際フライフィッシング協会50周年事業において、私の映画「さかなかみ」 英語タイトル「SAKANAKAMI--FISH GOD」は二日連続での上映でした。昨年に続いてのアンコール、しかも二日連続です。
かなりの方がスタンディング・オーベーションと厚い握手をくれました。
来年3月のTUトラウトアンリミテッドの総会でも[SAKANAKAMI]が招待上映されます。
昨年からいただいている
「日本のサルモニダエ族(サーモン、トラウトなど河川の源流域で砂礫の冷たいクリアな水の流れる川がないと産卵できない魚類で、幼魚に成長すると降海して海で大きくなり、生まれた河川に帰って源流域で産卵行動をする魚族)のスポーツフィッシングがどうして世界の釣り界に紹介されないのか?解ってきたが、今後どうするのか?」
という疑問が数多く投げられるのです。
ジミー・カーター大統領(アメリカでは1度大統領になった人を一生「大統領」と呼び、元大統領とは言いませン)「チェリーサーモン(私はサクラサーモンと呼んでいます)を釣らせてください」
というリクエストに答えられないまま、ガンになられて闘病しておられます。お見舞いに行きたくとも、鮎の友釣りとサクラサーモンのフライフィッシングへ明確な解説ができないまま一夏が過ぎて行きました。
カムバックサーモン/豊平川に鮭を呼び戻す運動を提唱された北海道大学の吉崎昌一(2007年2月20日、75歳で逝去)さんからも
「浜野さんがサクラマス(サーモン)の自然産卵、スポーツフィッシングへの解放を成し遂げてくださいね」
アラスカへアイヌのエカシ豊川さんを連れて原住民に鮭の漁業権を奪回する方法を模索しました。この旅でアイヌの住民としての誇りと権利は少し前進できたと思います。当時の私はこのぐらいの費用を負担できる経済力を持っていました。
これからは財団法人ビーチ&フィールド保護協会の活動を活発化させて、資金調達も行い、なんとか吉崎先生の遺言を実現できるようにしたいと思います。
吉崎先生たちの努力で札幌を貫く都会の川にサーモン&トラウトが遡上し、産卵もするようになってきました。
私は吉崎さんとアラスカの原野で誓ったことをまず、映画「さかなかみ」を全く自分のお金と友人たちのコントリビューションで完成させました。世界でも評価は高く、これから日本でも一般に上映会を続けていきます。各地で楽しく会話をさせていただいています。

グランドティトン山麓で吉崎先生、豊川エカシが山並みの向こうからあらわれ、北海道を守るのだ、サクラサーモンの自然産卵と、独占から解放への道を開けと何度も夢に出てきたのです。

今回のFACE BOOKでの思い過ごしはアメリカで毎日考えていたこと、吉崎先生の夢枕で、ほとんど常識、タイミングなどを逸脱していたのかもしれません。
「すぐ行かねば!」と、仲間を募って道東の山と海がつながる川に急いだのです。
心が高揚していたかもしれませんが、
私は絶対に法を犯していいません。
たまたま釣れてしまったサクラサーモンにも発言させたいと写真をとってもらい、フェースブックにUPしました。
このことはファースブックでも謝罪しています。
心より反省しています。これからもワイルドリバーとスポツフィッシング・フィールドの普及に努めますので、よろしくお願いします。

残念ながら、数多くのプロジェクト、大作映画の準備など抱えております。まだ発言が足りないのですが
ビーチ&フィールド保護協会では現在活動方針をまとめています。
アクティビィティの中に反映させて来月早々に発表します。同じ水、魚を愛する仲間として今後sともよろしくご指導願います。