私は韓国の大型プロジェクトのコンセプトプランで数回プレゼンテーションで居並ぶトップ幹部から心のこもった拍手をもらった。このようにプレゼンテーションが拍手で迎えられたことは日本でも一度も無かったことだ。
韓国は自己表現が豊かではっきりしていると感じることが多い。日本ではとりわけ大企業になればなるほど私たちの創造行為に対する評価が明確に表されることが無い。その場で感動をあらわにすれば私たちを認めすぎ高く付くのではないかと思っているようにも見える。
これからの日本は美しい自然を再評価し、文化を再生し、人間の能力を積極評価し創造性で生きていくしか道はないと思う。創造の出来る人間はもっと評価されてもいいと思う。優れた創造やサービスは価値を生み、だからこそ創造できる人間は新しい価値の創造主として高く評価されるようになり。言うまでもなくそれはアメリカでも本になっているように「クリエティブ・クラス」の様な階層を生み出していく。
もし、日本が韓国よりも、中国よりも、あらゆる他国に創造性評価に立ち後れたら、それだけで世界に取り残されていくことになるだろう。
これだけ不動産が流動化し、価値が創造力次第で変化するようになっても、国内金融関係機関が不動産しか担保に出来ずに、ノンリコース・ローンにもプロジェクト・ファイナンスにも参入できなかったら、その先にはさらなる不安が待っていることになるだろう。
日本人は創造的になれる、豊かなセンスと感受性を持っている。人間の感性を封印して生きるのをもう止めて、人間の創造性を信じて、楽しんで生きていこうではないか!
もうプレゼンテーション(提案)なんて言うのは止めて、ペネトレーション(浸透)するまで本音で語ろうではないか。会議の場で感じあえるまで感性をぶつけ合おうではないか。もう不慣れだとか、苦手だとか言っているヒマは無いのだ。
待ったなしで、世界は日本に押し寄せてきている。









