私は20代の後半、コートダジュールとプロバンスで飢えて乾いた青春を徘徊していた。貧しいが感覚だけはハリネズミのようにピンピンにとんがっていた。
サントロッペの漁師の港町と圧倒的な感動の出会いをしたとき、手にはビン入りのコークと半分のバケットパンだけの貧しい旅だった。ブリジッド・バルドーが愛し、ジュラール・フィリップが自分の墓標を建て、多くのデザイナー、アーティストが愛した漁村だった。ケンゾーが、サンローランが、この小さな村にブティックを持った。イリエがケンゾーの弟子だった頃、私たちはわずかなフランス語をつぶやきながらオシャレしまくって歩いていた。
そのうちにリゾート建築の大御所、ジョルジュ・カンジリスに出会い、ラングドックルシオンの大規模リゾート計画にたずさわったことが私をバリ島ヌサドゥア計画へと導いた。
久しぶりのアクサン・プロバンスはゴージャスにオーバルジュ・ファニエールに泊まり、プロバンス料理を満喫した。レンタカーを転がしての気ままな旅だった。










