サイパン島のバンザイクリフは今日も美しいサラシ(磯に波がぶつかり白く泡立っているところ)が寄せては返す。
私は社団法人日本ミクロネシア協会(現在、社団法人太平洋諸島地域研究所)の創立者のひとりとして、太平洋こどもウィークのネイチャースクール校長(一昨年までハマノネイチャースクールとしてアメリカ本土のモンタナ、ワイオミング州で運営)として、子供たち約100人を連れてこの地を4年おきに訪れ黙祷を捧げてきた。
現在の子供たちは太平洋戦争の悲惨さを全く実感できない。しかし、この崖から、背後の山の断崖から日本の一般市民が大日本帝国と、天皇陛下にバンザイを叫び、集団自殺した悲劇を話して、崖にぶつかる波音だけを聞いていると、私の生徒たちは一つの感性となり、時には涙で顔をクシャクシャにする子どももいた。
確かにサイパンは日本軍が玉砕し、この島を拠点に日本の本土は爆撃された。
バブルの崩壊まではこの島で過剰なリゾート開発が企てられ、行き過ぎた開発は廃虚と化した。
戦争で敗退し、バブルで敗退したままでいいのか!今こそ、サイパンの素晴らしい未来を本当のリゾート産業を育て、計画する手助けをするべきではないのか。
私は今一度サイパンのために自分の知恵、ノウハウを賭けてみたいと思っている。
純粋に日本の為に身を投げたひとびとに合唱、黙祷










