私がサンジェルマン・デ・プレやカルチェ・ラタンが今も大好きな理由は人間(human being)の being が毎日ドラマティックにその表情を見せることである。印象派の絵描きたちが絵を売り歩き、作家たちが議論し、恋人が見つめあい、孤独な若者が出会いを待ち望み・・・そして私のように1965年はじめてホテルの予約も無く、重い旅行カバンを持って、ただひたすらパリのサンジェルマン・デ・プレを目指してきた若者にとってもこの街角は限りなく寛容だった。
このカフェ・ドゥ・マゴのストリートに張り出した椅子に座って街行く人を眺めているだけで、パリは私の中に悠久の時を充たしてくれた。
注文を取りにきたギャルソンが「ホテルを探しているのかな?」と聞くまで自分が今日これから泊まる場所のことなど忘れていた。
おしゃれな若者が道を行き交い、感動的に深い思索を内包したような大人がたくさん座っていた。その存在感、おしゃれの上手さに震えたものだ。
ギャルソンはドゥ・マゴから歩いていけるボナパルト通り3番地にあった『ホテル・ロンドン』に予約を入れ、私を案内してくれた。重い荷物を持って屋根裏部屋まで歩いていくと、ベランダからセーヌ川が見えた。しばらく私の定宿だったが、今はアパルトマンになっている。美術大学も目の前にあり、私のパリ通いが激しくなるまでこのあたりは本当に私を育ててくれたといってもいい。










