中世にできたパリという都市には「パフューム」がなくても、人に愛をもたらす何かがあるようである。モンマルトルの丘は、とりわけ人を酔わせる何かがある。この多くの画家によって描かれてきたサクレクール教会の前の階段には、絵の一部になりたい人々が世界からあつまってくる。ただ座っているもの、抱きあっているもの、ぼんやりパリの街を眺めているもの、皆が同じ気持ちになっている。エコールドパリの絵描きとその恋人になってみる。パリは誰も人を恋しくさせる。一人でパリを歩くほどつらいことはない。一人で生活するなんてもっとつらい。
売れない一人暮らしの絵描き、一人残された老人、貧乏留学生、忙しくて友人も恋人もいないキャリアウーマン、ビジネスマン、旅の途中の中年男・・・
人はみな一人では生きていけない。一緒にいることを確かめたい。見たり見られたりしたい。
人はみな人のいるところにあつまってくる。
映画「パフューム」のラストシーンでハンカチにしみ込ませたパフュームの一振りが群衆を裸にさせ、抱き合わせ、愛に導いたように、パリは今日も媚薬であり続ける。人々がそんな街を求めているかぎりパリはパリであり続ける。
パフュームなどなくても人をその気にさせる街をつくり続けたい










