私に何が出来るのだろうか
奥日光の湯ノ湖に来たのは、奥日光の水系を守るために力を合わせてきた一人の友人を訪ねるためであった。もちろん「紅葉の最盛期ですよ」という彼の誘いもあった。
1981年に日光市長から諮問された大仕事、「日光市の未来像策定―国際文化リゾート都市構想」以降、地元の人たちと上手くやれずに日光を去って25年にもなる。
70年代の終わりから80年代の初めにかけて私は中禅寺湖を汚染と過剰な観光化から守るために通い詰めていた。湯ノ湖の汚染と華厳の滝の水量確保のために設けられた調整ダムによって中禅寺湖の水質は悪化し、春の盛水期に湖岸の遊歩道が水没し木々は根が腐った。
当時、漁協で働いていた友に頼まれ私は市の委員となり、報告書をまとめ、市議会で数回演説した。
『華厳の滝か中禅寺湖かの選択』
「観光の滝よりも、リゾートのための中禅寺周辺の水系と自然を守ることの方が重要である。汚染源の湯ノ湖を浄化し、1本の滝のために中禅寺を死に至らしめることを今すぐ止めよ」と、叫んだ。
また、当時私が代表をしていた自然保護団体フレンズ・オブ・リバーではゴミ拾いや、対話集会や、ネイチャースクールなど数々の運動をしてきた。
何度かTVの取材などで行ってはいたが、20年ぶりにゆっくり歩いてみて、水質の悪化に愕然とした。
私のアドバイスでアウトドアライフ・ストア「ワイルドワン」を立ち上げた服部吉雄さんの急死で、彼が死の直前に私に訴えたことが気になったのがキッカケで足を向けたのだった。
「中禅寺にもう一度、心あるフィッシャーマンを集めてくれ」
湯ノ湖は悪質なカナダ産の藻で覆われ、中禅寺湖は薄気味悪い緑の水苔や藻の繁茂する湖底と成り果てていた。環境省の議員さんが訪れたときに友人が訴えたら、たいした金ではないので、直ぐに予算化すると言ったきりである。
あの頃から、何も変わっていない。頑張れば地元の多様な利害と衝突する。
この写真で解るように白根山は10月19日初冠雪があった。湯ノ湖の流れ込みは美しく見える。湖岸の紅葉も美しい。しかし水は毎日病を重くしている。
この水系を愛していた仲間たちよ!
もう一度中禅寺に足を向けて欲しい。昔のように集まろうではないか!!










