写真で見せられないのが残念なのだが・・・
吉野ヶ里を去るとき大いなる空に大いなる虹が輝くように出ていた。
卑弥呼もこの大空がひらけた大地に立って虹を見ていたはずだ。
私が人生の半分をかけてきた感性の学校ネイチャースクールの
最終到達点がここであるという覚醒したフィーリングに包まれていた。
「日本はフィジカリーに負けた」
サッカーのワールドカップ、ドイツ大会で日本チームの監督だったジーコの発言である。技術や戦略ではかなりのレベルまで行っていても、肉体的、精神的に弱ければ現場では、なまじっかな理屈は通用しないのである。
私はこの大きな空の下で日本の子供を遊ばせたり、育てたりできないだろうか。
古代の農業を体験したり(もちろん自然食)、竪穴式の宿泊施設で寝てみたり、走る、上る、球を蹴る、投げる、あらゆるフィールドゲームをのびのびとやれる場所が必要だ。
「ビッグスカイ!」
と言える場所を探していた。佐賀県にその場所があった。
弥生時代日本人がようやく狩猟から耕作へと生産手段をかえ、
定住型のライフスタイルに転換し始めた頃、吉野ヶ里という大地を見いだしたように。
日本人が今大きな転換を迫られているときに、この吉野ヶ里が何か大いなる啓示と可能性を与えてくれる大切な場所に思えてきた。










